人生を変えた(かもしれない)一冊の本
どこへも出かけられない週末、部屋の掃除や断捨離にいそしむ方が多いのではないでしょうか。僕は必要最小限の持ち物で身軽に生きる「ミニマリスト」にちょっと憧れるものの、その障害となるものの1つが本でした。
これまで幾度も海外引っ越しをし、その度に重荷となってきたのが本です。段ボールに詰めると小さいくせにかなり重量があるので送料が高い。その結果、海外引っ越しの度に本棚1架分くらいの本や雑誌を処分してきましたので、これまでに2000冊くらいは処分したはずです。ところが、数年経つともう一度読みたくなったり、入試問題で小説の一部分が扱われたときに前後の部分を子どもたちに紹介してあげようと思ったりして、処分したことを後悔してきました。
ところが、ここ数年、電子書籍ばかりを買うようになり書棚の本がほとんど増えなくなりました。気になって調べてみると、2013年2月に生まれて初めて電子書籍を購入し、それ以降7年間で422冊の電子書籍を買っていました。一方、紙の本は絶版になっているものをときどき古本で買う程度です。
しかし、たいていの本が電子書籍で買えるようになったのはここ2、3年ですので、それ以前は紙の本を買っており、それらが今なお書棚に溢れています。そこで、これを裁断してPDF化する「自炊」という作業を進めています。これはこれで結構手間がかかるので、時間のあるときに少しずつやっているのですが、先日、裁断をしようと手に取った本を開いた時、心は30年前にタイムスリップしていきました。
上の写真『河童が覗いたヨーロッパ』の著者である妹尾河童さんのことを、多くの方はおそらく『少年H』の作者として知っているのではないかと思います。累計340万部発行され、ドラマ化や映画化もされ、一時期入試問題にも頻繁に登場しました。授業で子どもたちに妹尾河童さんのことを話すと、やはり小説家だと思っている子どもたちがほとんどでした(間違ってはいないのですが)。しかし、妹尾河童さんが書かれた小説は『少年H』のみ。他の作品はすべてエッセイですし、そもそも本業は舞台美術家というべきでしょう。
僕がこの本を初めて手にしたのは高校生の時で、恩師が授業中に姉妹書の『河童が覗いたインド』を紹介してくださったのがきっかけでした。その後、妹尾河童さんに傾倒し、著作はすべて手に入れて繰り返し読み、どうしても本人にお会いしたくて新刊発売時のサイン会に行き、握手もしてもらいました(笑)。
エピスの子どもたちの中には、生まれてすぐにパスポートを取ったというような子がたくさんいますが、僕が初めて海外に出たのはハタチを過ぎてから。そのきっかけになったのがこの本でした。初めて見た日本以外の世界は自分の知らないことだらけで、自分が「井の中の蛙」あることを思い知らされました。そして、僕の悪いクセなのですが、考えが極端な方向にずんずんと進んでいってしまい「卒業後は海外に渡って自分の力で生きてやる!」と考えるようになりました。もし、この本に出会っていなかったら、香港やシドニーで子どもたちと戯れて生きていくような人生ではなかったかもしれないと思うと、僕の人生を変えたかもしれない本だと思えてきます。
はじめにも書いたように、僕はこれまでに随分とたくさんの本を処分してきましたが、この本は売られることも捨てられることもなく30年近く僕の手元にずっとありました。今回も裁断を免れ、おそらくこれからもずっと書棚の片隅を占領し続けるような気がします。